日本におけるネイルの歴史

日本におけるネイルの歴史

ネイルではありませんが、化粧が行われるようになったのは飛鳥時代からのことで、紅殻(ベンガラ)を用いて額の中央や唇の両端に一種の飾りが行われていました。
それと同様に「指先を赤く染めていた」とも言われていますから、爪も紅色で染められていたのではないでしょうか。
ネイルがわが国に伝えられたのは、平安時代のことです。楊貴妃も行っていたという爪を染色する習慣が、唐時代の中国から伝えられました。
わが国ではホウセンカ(鳳仙花)の花とホオズキ(酸漿)の葉をもみあわせて爪を赤く染める「爪紅(つまくれない)」として、宮廷女性のネイルになっていきます。
江戸時代に入ると紅花を使った染色技術が中国から渡来し、わが国でも紅花の栽培が盛んに行われるようになります。
この紅花は布を染めるのに使われましたが、口や爪にも利用されました。爪に紅を塗ることは「爪紅」(つまべに)と呼ばれ、
遊女が行っていたことから一般にも広く知られるようになったと言われています。
明治時代に入って、フランスから西洋のネイルのテクニックが伝わります。「魔爪術(まそうじゅつ)」と呼ばれる爪の手入れと爪を染めるこのマニキュア術は
明治から昭和初期の女性にはあまり歓迎されず、定着しませんでした。
わが国でネイルが本格的に広まったのは、1970年代のことです。
1970年代以降、高度成長期のわが国のファッションや美容の世界も、またたく間に欧米化しました。ネイル用品やネイル技術も、
つぎつぎと輸入されるようになります。1980年にはネイルサロンも誕生し、そうしたことを背景に、わが国の女性が日常的にネイルを楽しむようになったのです。